「終わってから行きます」
「やめた方がいいわ。間違って帰りの電車にでも乗り遅れたら大変よ」
「乗り遅れないように頑張ります」
「でも、かなり込み入った話よ。こちらに来てくれればちゃんとお話するから、週末まで待ったら?」
週末まで? 今日は日曜日じゃん。一週間も?
待てないっ!
「待てません。明日行きます」
「でも、帰りが遅くなるし」
「じゃあ、学校休んで行きますっ!」
その勢いに、智論は絶句した。
この子、本気だ。
智論はなぜだか泣きたいような気持ちに襲われた。
あの涼木魁流という生徒も、そしてその妹も、どちらもこんなに本気でまっすぐだ。なのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。兄は失踪し、妹が必死で探す。
羨ましい。
智論は素直にそう思った。
彼らの想いの十分の一でも今の慎二にあれば、きっともっと状況は変わっていたのだろうに。例えば、美鶴ちゃんをあんなに傷つける事はなかったかのもしれない。
いや、昔は慎二だって、この子と同じくらい純粋だった。純粋だったからこそ―――
「いいわ」
諦めたように智論が吐いた。
「あなたに任せる。いつでも来ていいわよ」
「え? 本当ですか? じゃあ明日に」
「かまわないわ。でも私、午前中は本当に授業だから、その後よ」
「かまいませんっ!」
もう絶叫しそうな相手の声にフフッと智論は笑みを零した。そうしてお互いは明日の待ち合わせなどを伝え合い、電話を切った。
「ありがとう」
礼を言うツバサから携帯を受け取る美鶴。
「どういたしまして」
無感情に答える美鶴とは対照的に、ツバサは少し興奮気味。
「本当にありがとう。これで少し進展しそう」
「嬉しそうだね」
嫌味のように言ったつもりだが、ツバサは笑った。
「うん」
素直だな。
美鶴は、それこそ素直に思った。
そんな相手の心内になどツバサが気付くはずもなく、一仕事終えたという気分で両手を頭の上へ伸ばす。だがすぐにその身を縮こまらせた。
「うぅ、やっぱ陽が落ちてくると寒いね。美鶴は寒くない?」
「別に」
「そうなん? その上着はあったかそうだけど、中って薄着じゃない?」
「そうかな」
「寒そうに見えるけど、美鶴って寒いの平気な方? どこ行くの? あ、帰るのか」
そこでツバサは少し悪戯っぽい瞳で美鶴を見下ろす。
「自宅謹慎中なのに、どこ出歩いてたの?」
美鶴はなぜだかカチンと怒りが湧いた。
正確には、怒りではなかったのかもしれない。事情を知られたくないという思いが、隠すために怒りを湧き上がらせただけなのかもしれない。
だがどちらにしろ、結果的に出てきたのは不機嫌だった。
「別に、あんたには関係ないでしょっ」
ぶっきらぼうな美鶴の言い草にツバサはキョトンと口を半開き。そうしてすぐに真顔で美鶴の顔を覗き込む。
「ごめん、怒った?」
「別に」
「ごめんね、言っちゃいけなかったよね」
別に謹慎なんてどうでもいいよ。
心の中ではそう呟き、だが面倒臭くてため息だけをつく。その仕草がツバサには美鶴が怒っているように見えて、重ねて謝ろうとし、ふと言葉を飲んだ。
そうして、美鶴の顔を覗き込んでいたのを少しだけ離し、首を傾げて眉を寄せる。
「何かあった?」
「別に」
あり過ぎて説明も面倒臭い。だいたい、なんでツバサに話さなきゃならない?
拗ねた感情でプイッとソッポを向く美鶴に、ツバサがポツリと呟く。
「山脇くんに、何かされた?」
途端、美鶴は相手を振り仰ぐ。
「何?」
反応してしまって、失敗したかと後悔する。美鶴の態度は、瑠駆真と何かありましたと返答しているようなものではないか。
だが、今さら違うと否定するのも不自然に思えて、美鶴は結局何も言えない。
そんな相手をツバサはしばらく凝視し、やがてフッと視線を緩める。そうして左手の腕時計を確認し、突然明るい声で美鶴の左肩を叩いた。
「ねぇ、ちょっと時間ある?」
「は?」
「ちょっとお茶して行かない?」
「はぁ?」
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